定住外国人のよみかき研究プロジェクト2025年度研究集会
「よみかきの多様性を考える:さまざまな手段と支援のかたち」(あいち国際プラザ 2025年11月29日)


「コミュニケーションは権利であり、情報は わかちあうものである」

あべ・やすし(日本自立生活センター)


ふりがなを つける

ふりがなを とる


予稿集に掲載したもの

概要:

よみかきに注目するとしても、理念や問題意識を人権保障に すえるならば、議論の対象は「よみかき」だけではなくなる。情報・コミュニケーションの権利が まずあって、それに よみかきが関連している。文字情報の ありかたが その権利を侵害することもあるし、逆に人権を保障するために文字情報を活用することもできる。人間の実態をふまえて、日本の文字文化をつくりなおすこと、だれもが情報をやりとりすることができる環境をつくっていくことが重要である。たとえば、肉筆や紙の本に こだわるのをやめて複数の選択肢を提供することが要求される。音声や動画メディアを活用することも必要である。「ことばの かたちを ひとに あわせる」ことで「ことばのバリアフリー」を実現することができる。

  1. 自己紹介と問題意識
  2. 文字表記、よみかきの問題から出発して
  3. 読書権/読書バリアフリーという理念
  4. 情報保障という理念
  5. 日本の文字文化をつくりなおす

プロフィール:

あべ・やすし(日本自立生活センター 常勤介助者)

岡山市うまれ。京都市在住。障害者団体(NPO)で障害者の訪問介助の仕事をしている。2004年に韓国テグ大学大学院修士課程を修了。研究分野は識字研究と障害学。おもな著書に『識字の社会言語学』(かどや ひでのりとの共編)、『増補新版ことばのバリアフリー―情報保障とコミュニケーションの障害学』など。
ウェブサイト:http://hituzinosanpo.sakura.ne.jp


当日の配布資料

「コミュニケーションは権利であり、情報は わかちあうものである」

1. 自己紹介と問題意識

 あべ・やすしといいます。京都市にある日本自立生活センターというNPOで訪問介助の仕事をしています。身体障害者や知的障害者の自立生活をささえるという活動です(おのうえ ほか2016)。

 研究分野は識字研究と障害学というもので、どちらも知名度はないですが、「ことばのバリアフリー」をスローガンに研究をしています。

 今回、愛知県での開催ですが、2011年度から2020年度まで愛知県立大学で非常勤講師をしていました。

 講演を依頼されて、最初に考えたのは「よみかきは目的ではなく手段である」という題目でした。そのあと、いろいろ考えて(しかし、深くは考えずに)、「コミュニケーションは権利であり、情報は わかちあうものである」という題にしました。ありふれた表現をつかって、大事なことを議論したい。そんな問題意識から お話します。

 さて「コミュニケーションは権利であり、情報は わかちあうものである」というとき、議論になるのは、
・どのようなコミュニケーションが権利なのか?
・どのような情報をわかちあうのか?
・権利であるとすれば、どのようにする必要があるのか?
です。

 たとえば、
・暴力もコミュニケーションの一種だけど、それも権利なの?
――ちがいます。

・プライバシーや個人情報も共有するってこと?
――ちがいます。

 社会のなかで、たくさんの ひとが あたりまえのようにしていること、できていることがあるなかで、それができない状況に おかれている ひとたちがいる。その現実から出発して社会をよりよくしていく、差別をなくしていく。そのような議論をしたいのです。

2. 文字表記、よみかきの問題から出発して

 26年くらい まえのことです。大学2年生のころ、日本語の文字の問題と文字をよみかきすることの問題(識字問題)に興味をもち、たくさんの文献をよみあさるようになりました。それが卒業論文「現代日本における「識字」のイデオロギーと漢字不可欠論―漢字文化をよそに100年さきをいく点字」になり、はじめての論文「漢字という障害」に つながりました(あべ2002)。日本語の漢字の つかいかたは たくさんの ひとたちにとって よみかきの障害になっているという内容です。

 そこで最低限 必要なこととして
・固有名詞の漢字に よみがなをそえる
・わかちがきをする
ことを提唱しました(あべ2002:51-52、2006b=2012a:153-155)。

 日本では人の名前はクイズのようなもので、本人に確認するしか方法がありません。その証拠に、日本政府も「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」を2023年に制定し、戸籍、住民票、マイナンバーカードに漢字の読みがなを追加することを決定しました。戸籍と住民票には2025年5月26日から、マイナンバーカードには2026年5月26日から名前の読みがなが記載されることになります。

 固有名詞の漢字は情報保障の場でも障害になっています。たとえば点訳、音訳、翻訳、通訳をするときなどです。『音訳・点訳のための読み調査ガイド』という本をよめば、日本語漢字の用法の複雑さが再確認できます(きたがわ2012、あべ2023a:29)。

 日本語漢字の複雑さについては、たとえば訓よみの漢字をへらすことで改善することができます。しかし、そうなると ひらがなが連続してしまうという問題が でてきます。世界の ほとんどの言語の表記で とりいれられているように、日本語も わかちがきして表記するようにすれば、意味の きれめが明確になり、日本語学習者も辞書をひきやすくなります。一般の ひとでも日本語の文章をわかちがきしていることがあります。ディスレクシアの ひと、知的障害のある ひとでも わかちがきしたほうが よみやすい場合があります。あとからスラッシュ(/)をいれて わかちがきと おなじ効果をだすこともできます。

3. 読書権/読書バリアフリーという理念

 よみかきをめぐる人権の問題について議論するとき、ひとつ参考になるのが視覚障害者読書権保障協議会という団体が提唱した「読書権」という理念です。視覚障害者の読書権といえば点字の本とか録音図書が想定されやすいです。じっさい それも重要なのですが、もうひとつ 見えにくい ひと(弱視のひと)の読書権も重要です。そこで大活字本とか拡大図書と よばれる文字の おおきな本を出版することや、拡大写本といって、そのひとが よみやすいように 本をおおきく手書きすること、あるいは拡大読書器をつかうという方法があります。たとえば拡大教科書は2008年に制度化されました(障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律)。

 ともかく、読書権とは見えない ひとにとっては一般の本は「紙のたば」にすぎないという問題提起だったのです。そして、読書権を(ボランティアまかせにするのではなく)公的に保障することを主張していました。

 わたしは、この読書権という理念を参考にして2006年に つぎのように議論しました。

…人権の観点から識字に注目するなら、重要なのは「識字率」ではなく「読書権の保障率」であるといえるだろう。…中略…

 必要なのは、文字をよみかきする能力を社会全体にひろめることではなく、字がよめなくとも文字情報にアクセスできる体制をととのえ、また意見や情報を発信する権利を保障することである。…後略…(あべ2006a=2010a:103-104)。

 このような議論は、現在では めずらしい内容ではなくなりました(あべ2025:「現在の読書論」)。情報技術の進歩や法律の整備によって状況は改善しつつあります(あべ2023a、2023b)。

4. 情報保障という理念

 よみかきに議論を限定せずに、情報の問題として、全体像を把握することも大事です。情報保障とか情報のユニバーサルデザイン、情報アクセス権などといった用語があります。情報アクセシビリティとも いいます。あまり用語に こだわると排他的になってしまう(つまり理念と実践が矛盾をきたす)ので、わかりやすい表現をえらぶことが重要かもしれません。

 そこで今回は情報保障という用語をつかって問題を整理します。

 情報保障という用語は最近あちこちで目にする、耳にする表現だろうと おもいます。わたしなりの定義は、「すべての ひとに情報をやりとりする権利を保障する」ことです。どうしても、「つたえる」ことばかりが強調されて、意見をいうこと、発言することの権利に意識が まわっていないように感じます。マイノリティが発言するときには通訳が必要なことがあります。時間が かかることもあります。それをふまえて議論する、交流する場をつくっていく必要があります。

 くわしい議論は「情報保障の論点整理」(あべ2011=2023b:第4章)と「情報保障における音声・動画メディアの活用をめぐって」(あべ2019=2023b:第9章)などで確認してください。人間は五感を活用して情報をやりとりしています。コミュニケーションしています。フラッシュライトとか、サイン音、振動など、あらゆる手段を活用して情報をとどけることが大事です。音声による情報や手話による動画も必要です。

5. 日本の文字文化をつくりなおす

 最後に わたしのライフワークについて紹介します。それは「日本の文字文化をつくりなおす」ことです。

 すでに紹介したように、わたしは日本語の文章に わかちがきをとりいれることを提唱しています。固有名詞の漢字には、かならず よみがなをそえることも提唱/実践してきました。

 それ以外にも、
・てがきを重視するのをやめる(履歴書、投票、感想用紙など)
・紙の本だけで出版するのをやめる(印刷物障害の問題)
・単一言語主義をやめる(多言語化など)
・個人主義をやめる(ひとが介在することもあるし必要であることを共有する)
ことが重要であると かんがえています。つまり、ひとつの選択肢しか用意しないことで排除が うまれる。だから人間の実態にあわせて、複数の かたちを用意することが必要だということです。つまり、必要なのは「ことばの かたちを ひとに あわせる」ことです。

 よみかきの多様な ありかたは、子どもの権利条約や障害者権利条約、マラケシュ条約でも確認できます(あべ2023a、2025)。その内容をふまえれば、「コミュニケーションは権利であり、情報は わかちあうものである」と結論づけることができます。

 なお、現在「やさしい日本語」の議論が活発ですが、やさしい日本語の位置づけは個人主義をやめることの一部でもあるし、単一言語主義をやめることの一部でもあります。わかりやすく解説するとか通訳する ひとが必要です。最初から わかりやすい版を用意して提供することも必要です。「ふつうの日本語」と「やさしい日本語」だけを用意すればいいというのは単一言語主義です。「やさしい日本語」にしても複数あるほうが通じやすくなります。ひとつに限定しないことが重要です。

 一般的ではない表記の日本語や、ききとりづらいような発話が社会のなかで あたりまえのように存在している状態にしていくことも必要です(※ここで「うけいれる」という表現をつかおうとして やめました。「うけいれる」とは、いわゆる「上から目線」の表現だからです。すでに存在している現実を認知するだけのことだからです)。いろんな ひとにマイクをわたして発言してもらうこと、スポットライトをあてることが重要です。

 手話通訳者にマイクをわたすことも必要です。ろう者が手話で発言している内容を音声に通訳することを「読みとり通訳」と いいます。

 わたしは身体障害者の介助をしています。介助者としてマイクをにぎることがあります。脳性まひなどで ききとりやすく声をだすことが困難な ひとの発言をききとり、確認しながら復唱する。そのような仕事をしています。わたしにとっては日常ですが、みなさんにとっては どうでしょうか。そのような場面に同席したことはあるでしょうか。ないとすれば、それは なぜでしょうか。

 以上、「よみかきに こだわりつつ、こだわらない」内容の話題提供でした。よみかきに こだわるのは、人権に かかわる重大な問題だからです。こだわりすぎないようにするのは、よみかきは人権を保障するための手段や回路であって目的ではないからです。

関連文献

あべ・やすし 2002 「漢字という障害」『社会言語学』2号、37-55

あべ・やすし 2006a=2010a 「均質な文字社会という神話─識字率から読書権へ」かどや ひでのり/あべ やすし編『識字の社会言語学』生活書院、83-113

あべ・やすし 2003=2010b 「てがき文字へのまなざし─文字とからだの多様性をめぐって」かどや ひでのり/あべ やすし編『識字の社会言語学』生活書院、114-158

あべ・やすし 2006b=2012a 「漢字という障害」ましこ・ひでのり編『ことば/権力/差別─言語権からみた情報弱者の解放』三元社、131-163

あべ・やすし 2012b 「情報の かたちを その人に あわせる、人の手を かりながら」 http://hituzinosanpo.sakura.ne.jp/awaseru.html

あべ・やすし 2013 「金融機関の窓口における代読・代筆について─公共性とユニバーサルサービスの視点から」『社会言語学』13号、59-83

あべ・やすし 2021 「日本の選挙制度における投票自書主義の問題」『社会言語学』21号、55-79

あべ・やすし 2023a 「ことばの かたちを ひとに あわせる図書館サービス」『ことばと社会』25号、三元社、14-44

あべ・やすし 2023b 『増補新版 ことばのバリアフリー 情報保障とコミュニケーションの障害学』生活書院

あべ・やすし 2023c 「言語差別について」『国際人権ひろば』No.172号(2023年11月号)ヒューライツ大阪、12-13

あべ・やすし 2024 「日本の履歴書はどのように問題化されてきたか―名前、住所、顔写真、性別欄、手書き厳守などがうみだす差別と抑圧」『社会言語学』24号、11-41

あべ・やすし 2025 「『読書と豊かな人間性』的価値観の問題―図書館と自文化中心主義をめぐって」『社会言語学』25号、1-22

石川准(いしかわ・じゅん) 2024 「読書権をめぐる攻防―法制度と技術が交差する場」『現代思想』9月号、35-48

市橋正晴(いちはし・まさはる)/視覚障害者読書権保障協議会編 1998 『読書権ってなあに』上・下、大活字

打浪文子(うちなみ・あやこ) 2018 『知的障害のある人たちと「ことば」―「わかりやすさ」と情報保障・合理的配慮』生活書院

尾上浩二(おのうえ・こうじ)ほか/日本自立生活センター(JCIL)企画編集 2016 『障害者運動のバトンをつなぐ―いま、あらためて地域で生きていくために』生活書院

河野俊寛(こうの・としひろ)/平林ルミ(ひらばやし・るみ) 2022 『読み書き障害(ディスレクシア)のある人へのサポート入門』読書工房

北川和彦(きたがわ・かずひこ) 2012 『音訳・点訳のための読み調査ガイド』日外アソシエーツ

古賀文子(こが・あやこ) 2006 「「ことばのユニバーサルデザイン」序説―知的障害児・者をとりまく言語的諸問題の様相から」『社会言語学』6号、1-17

佐々木倫子(ささき・みちこ)編 2014 『マイノリティの社会参加―障害者と多様なリテラシー』くろしお出版

角知行(すみ・ともゆき) 2012 『識字神話をよみとく―「識字率99%」の国・日本というイデオロギー』明石書店

高畑脩平(たかはた・しゅうへい)ほか編 2020 『みんなでつなぐ読み書き支援プログラム―フローチャートで分析、子どもに応じたオーダーメイドの支援』クリエイツかもがわ

田中邦夫(たなか・くにお) 2004 「情報保障」『社会政策研究』4号、93-118

田中邦夫 2009 「情報はどう保障されているか―中途失聴者から見た現状」『社会言語学』9号、253-269

長瀬修(ながせ・おさむ)編 2019 『わかりやすい障害者権利条約―知的障害のある人の権利のために』伏流社

成松一郎(なりまつ・いちろう) 2009 『五感の力でバリアをこえる―わかりやすさ・ここちよさの追求』大日本図書

森田茂樹(もりた・しげき) 2000 『拡大読書器であなたも読める!書ける! 選び方・使い方のポイント』大活字

森田茂樹 2011 「弱視者のおかれた困難な状況―大半の視覚障害者が現存視機能を活用出来なくされている現状についての報告」『社会言語学』11号、97-102

山内薫(やまうち・かおる) 1998 『あなたにもできる拡大写本入門―広げよう大きな字』大活字

山内薫 2008 『本と人をつなぐ図書館員―障害のある人、赤ちゃんから高齢者まで』読書工房

山内薫 2010 「公立図書館での読み書き支援サービス」『社会言語学』10号、39-53



2025年11月24日 公開


あべ・やすし (ABE Yasusi)

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