識字運動をかんがえる

あべ・やすし

1. はじめに

 いまの日本では、だれでも文字をよみかきできるはずだと信じられている。日本の識字率は100%であるとか、日本の識字率は世界一であるといった主張が政治家や研究者の口からきかれることもある。しかし、「識字率がたかい」ということは、文字のよみかきで苦労しているひとが単純にすくないというだけのことなのだろうか。この社会のなかで、わたしたちは「文字をよみかきできる/できない」、「字の上手/下手」など、さまざまな基準で比較され評価されている。現に、学校の教育現場では「試験」というかたちで個人の能力を数字であらわすのが常識になっている。このような状況のなかでは文字のよみかきをめぐって差別されたり、みずから劣等感をもったりすることは、むしろ日常的な出来事なのかもしれない。それだけ世間の目がきびしくなるからである。もし、文字がよめないひとがいれば、そのひとの「劣等感」は深刻なものだろうと予想できる。現代の日本社会において、「識字問題」や識字運動はどのようなイメージでかたられているのだろうか。本稿では、識字問題と識字運動が、どのようにかたられているのかを検討してみたい。

2. 「うつくしい夕やけ」のはなし

 識字運動に関する本で、しばしば紹介される文章がある。「夕やけを見ても、あまりうつくしいと思わなかったけれど、じをおぼえてほんとうにうつくしいと思うようになりました」というものである。識字運動の関係者は、この文章をどのような意図で紹介しているのだろうか。おそらく、よみかきできなかったひとが字をおぼえることの意義をうったえるために、ひとつの「成果」として紹介しているのだとおもわれる。

 『文字を奪われた人々』という本で井上新二(いのうえ・しんじ)は、「このことばは、文字を奪われることが、ただそれだけでなく、美しいものを美しいと感じる感性までも奪われてしまうという、悲しくそして恐ろしい現実を示しています」とのべている(いのうえ1985:141)。いのうえの主張が「事実」であるならば、「よみかき」というのは人間にとってなにか「決定的な能力」をもたらしてくれるものだといえる。このようなかんがえにたてば、「人間的な感性を身につけるためにも、よみかきを学習することは不可欠である」と結論づけられるかもしれない。はたして、字をよみかき「できる」立場のひとがこのようにのべることに、なにか問題はないのだろうか。

3. 「文字を奪われた人々」という表現の問題

 まず、「文字を奪われた」という表現についてかんがえてみよう。人間にとって「文字を奪われる」、つまり「文字をよみかきできない」ということは、どのようなことを意味するのだろうか。たとえば、日本社会のように「だれでもよみかきできるはずだ」という「常識」がある社会のなかで「よみかきできない」場合、どうなるだろうか。識字運動の関係者がうったえてきたとおり、「悲惨」で「みじめ」な生活をよぎなくされるといえるのかもしれない。では、文字をよみかきする生活が、かならずしも「あたりまえ」ではない社会の場合はどうだろうか。

 川田順造(かわだ・じゅんぞう)は、文化人類学の立場から『無文字社会の歴史』という本をしるしている(かわだ2001)。これは「歴史」とは文字による記述によってはじまったのだという認識に、疑問をなげかけるこころみだといえる。かわだは、のちに「無文字社会」という表現を「文字を必要としなかった社会」という表現にあらためている。かわだは「「無」文字社会という欠落を意味する表現は、文字があることを社会の「進歩」によって達成されるべき段階のように考え、それを前提としてあるべきものがないとでもいうようなとらえ方」であると、かんがえをあらためたわけである(かわだ1997:22)。

 では、このような「文化に優劣は存在しない」という「文化相対主義」の立場から「文字を奪われた」という表現についてかんがえてみよう。

 まず、「奪われた」という表現には「本来そなわっているべきもの」というふくみがある。そこに、人間ならば「よみかきできて当然」という発想がひそんではいないだろうか。もちろん、「文字を奪われること」を学習権の侵害ととらえ、あえて「文字を奪われた」と表現することで「学習の機会がうばわれた」社会的背景に批判の焦点をあてることもできる。しかし「文字を奪われた」ということをことさらに強調することで、結果として、当事者たちに「文字を学習しなおすこと」だけを強要することにならないだろうか。

 よみかきは、時間をかけて学習しないかぎり身につかない。おとなになって字をおぼえることになれば、それはさらにむずかしくなる。よみかきを楽に身につけるためには、さまざまな条件をみたしていなければならない。現在では、文字のよみかきや算数の学習に困難をもつ学習障害も注目されるようになった。こうした社会的状況をふまえてみれば、よみかき「できる」ことに絶対的な価値をおき、それ以外のひとを「文字を奪われた」ひとだとみなすのは、一種の能力主義だといえる。「非識字者」を「文字を奪われたひとびと」と表現することの問題は、この点にある。それは、障害者の「障害」を悲劇的にとらえ、「障害の克服」をほめたたえる姿勢と、かわりがないからである。そのようにかんがえてみれば、「文字を奪われた」という表現には「字がよめる健常者」による同情がふくまれているといえるのではないか。

4. 「文盲退治運動」としての識字運動

 「識字運動」という表現は、なにか中立的な表現のようにみえる。だが、たとえば朝鮮半島では南北ともに識字運動を「文盲退治運動(ムンメン テチ ウンドン)」と表現するのが一般的である。これは日本語の感覚からすれば、ひどく差別的な表現のようにみえるかもしれない。しかし「文盲退治」ということばの意味は、結局のところ「非識字者に文字を教育する」ということでしかない。つまり、日本でいう「識字運動」と意味する内容はかわらないのだ。もちろん、どのような観点にたって識字教育をおこなっているのかは、じっさいに教育現場をしらべてみないとわからない。ここでは、むしろそういった過去や現在の実態よりも識字運動が「文盲退治運動」と表現されてきた背景についてかんがえてみよう。

 朝鮮半島では、日本の植民地支配のなかでも朝鮮人の手によって識字運動が展開されていた(1)。だが、識字政策が本格化したのは日本の植民地支配が終結してからのことである(2)。植民地支配からの解放後、南北でそれぞれあらたに国家を建設する過程のなかで、「文盲」の存在はまさに「障害」、「さしつかえ」とみなされただろうと予想できる。解放直後の時点では、文字(朝鮮語の文字、ハングル)をよめるひとがまだすくない状況であり、政治をおさめる側からすれば文字の普及が政策のおおきな課題としてあった。そうした状況で「文盲」の存在は、日本の植民地支配の結果であり、まさに「文字をうばわれた」結果であるという社会的合意があったのではないか。そうすれば「文盲」(文字をしらないこと)を「植民地支配のなごり」であるとかんがえ、「「文盲」という状態」と「そのひとの人格」は関係のないものとして区別することができる。

 知識層だけが文字をしっている社会から、民衆にも識字能力を要求する社会へと移行するなかで、「とりのこされた」ひとたちが「文盲」とよばれたわけである。そのひとたちが「能力のおとる存在」として、しだいに「めにみえる存在」になっていった。そこで当人たちも「文字をよみかきできない」という劣等感をもつようになる。自分が「文字をしらない」ことに劣等感をもっている以上、「文盲退治」という表現に抗議し反発するのはむずかしくなる。そうして「従順な文字の学習者」がつくられていったのではないか。「文盲を退治する運動」という表現は、このような文脈から可能だったのだろう。

 現代の韓国でも「文盲(ムンメン)」ということばが一般的である(3)。しかし、最近では「非識字者」という意味の「非文解者(ピムネヂャ)」という表現もでてきている。ごくまれではあるが、識字運動という意味の「文解運動(ムネ ウンドン)」(あるいは「文解教育運動」)という表現もされている。ここで重要なのは、識字運動はときと場合によっては「文盲退治」というかたちで、なにか「病理」を「治療」するかのように表現されることがあるということだ。そしてこの文盲退治という表現は、「日本人」にとって他人ごとではありえないことも指摘しておきたい。もうひとつ、朝鮮半島では、漢字をつかわない政策をうちだしてきたため、漢字をほとんどよみかきできない世代のひとたちが、ほとんど(あるいは、まったく)不自由することなく文字生活をおくっていることも紹介しておこう。

5. 点字のよみかきを例に

 ではつぎに、点字のよみかきを例にかんがえてみよう。点字のよみかきを学習するということは、かなりむずかしいものだといえる。「視覚障害者の文字習得」について論じた徳田克巳(とくだ・かつみ)は、中途失明者の場合、点字の学習がひじょうに困難になると指摘している。とくだは、つぎのように説明している。

視力を失う時期が高年齢になるほど、点字の習得に相応の努力が必要となってくる。…中略…特に、20歳以降の失明では実用的な点字読み書き能力が身につかないケースが多く、読みの手段として、対面朗読やテープによる録音図書の利用が多くなる(とくだ1991:39)。

 また、とくだは「特に最近は、壮年期の糖尿病による失明が増加しており、糖尿病患者では症状として指先の感覚が鈍くなるために点字の習得は極めて難しい」のだとしている。日本の全盲者(推定16万人)のうち、「実用的なレベルでの点字使用者は約3万人程度」であり、「残りの13万人のほとんどが中途失明者」であるというから、おとなになって点字の「ゆびよみ」を学習することのむずかしさがうかがえる(同上)。

 こうした指摘をふまえたうえで、識字運動の文脈で楠敏雄(くすのき・としお)が「点字の読み書き」について、つぎのようにのべているのに注目したい。くすのきは、「全国で31万人近くにのぼる視覚障害者のうち点字の読み書きの出来る者は、わずか3万人程度と言われており視覚障害者の多くが文字を読む権利を保障されていないことになる」とのべている(くすのき1991:151)。この主張のはらむ問題はなんだろうか。基本的な誤解を指摘すれば、くすのきがあげている「視覚障害者」「31万人程度」という数字は、弱視者と中途失明者をふくめたものであるということだ。弱視者は拡大図書をよんだり、文字を拡大する道具をつかったりして活字をよみかきしている。日本の弱視者のうち、まったくよみかき「できない」ひとがいても不思議ではないが、それは少数であろう(4)

 では、「文字を読む権利」が「保障されていない」という主張はどうだろうか。ここでは「文字を読む」方法として、機械やひとによませたり音訳されたものをきいたりする方法もあるにもかかわらず、「直接そのひとがよむ」ということしか「文字をよむ」手段として想定されていないことが指摘できる。もちろん、中途失明者のなかでも「苦労して」点字をおぼえたひともいるだろう。しかし、点字の「ゆびよみ」を身につけるには相当の困難を「のりこえ」なくてはならない。むしろ、「朗読をきく」という、ふるくてあたらしい「読書」の方法を、ここで再評価する必要があるだろう。それは、「学習方法の多様性」をかんがえるさいにも、おおくの示唆をあたえてくれるのではないか。また、「文字を読む権利」が「保障されていない」のは、文字をよみかきする能力そのものよりも、かわりになる手段、つまり電子情報や音訳されたものや点字訳されたものなどの媒体がじゅうぶんに提供されていない現実によるものである(5)

6. さまざまな識字運動の可能性

 ここまで、「識字問題」と識字運動について批判的に検討してきた。さいごに、たんに批判するだけではなく、問題解決の糸口をさぐってみよう。これまでの識字運動は、どのような性格のものだったのか。そして、あらたなこころみとしてどのような識字運動がありえるだろうか。もうひとつの識字運動の可能性をさぐってみるために、ここで障害者運動に注目してみよう。

 識字運動とくらべると、障害者運動はより積極的で「当事者主権」ということを念頭においた社会運動であるといえる。それは『当事者主権』(なかにし/うえの2003)や『私たちぬきで私たちのことは何も決めるな』(チャールトン2003)という本でも論じられている。最近では、障害者運動を土台にした思想が「障害学」というひとつの学問にさえなっている。障害学の理念をかんたんに説明すれば、障害者自身になにか問題があるのではなく、社会が排他的に設計されていることこそ問題なのであり、「障害者」とは社会的な関係のなかで「できなくさせられたひと」なのだという見方である。このような問題意識にたてば、障害学研究者の長瀬修(ながせ・おさむ)がいうように「むずかしい字が読めない人に漢字ばかりの文書しかないのがおかしい」と、発想をきりかえることができる(6)(ながせ2002:145)。

 それならここで「もうひとつの識字運動」の可能性も必然とうかびあがってくる。つまり、識字問題を「非識字者」自身の問題ではなく「社会のありかたの問題」としてとらえ、社会にはたらきかける運動である。そこで「字をよめるひと」の役割は、まず、みずからの文化のありかたをみなおすことになるだろう。日本で、字をよみかき「できる」ひとたちが、どのような社会をつくりあげているのか。日本語の文字、とくに漢字とはどのような文字なのか。自分はどのような文章をかいているのか。だれにとって都合のよい社会を構成しているのか。そういった、さまざまな問題をかんがえる機会と場所をつくる必要があるだろう(7)。文字を「よめる」ひとと「よめない」ひとの関係についてかんがえ、差別的でもなく抑圧的でもない関係をきずきあげるために、なにができるのか。それをかんがえることもまた、ひとつの「識字運動」ではないだろうか(8)

 そういった問題意識にたつ識字運動には、たとえば活字だけによる出版ではなく電子出版も同時に提供し、どんなひとでも文字生活がおくれるようにする運動なども想定できるだろう。コンピュータなどの機械をつかった読書のほうが便利なひとがすくなくないからである。そのほかにも、むずかしい漢字をつかわない運動であるとか、文章中の意味のくぎれをわかりやすくするために「わかちがき」を積極的にとりいれることなども識字運動のひとつだといえるかもしれない。たんに「文字を教育すること」に限定されない、さまざまな選択肢がかんがえられるだろう。

7. おわりに

 ここまで、識字運動について批判的にのべてきた。その目的はこれまでの識字運動を外側から非難するためではない。わたし自身がどのように識字運動にかかわることができるのかをかんがえてみるためにほかならない。識字運動(あるいは識字問題)とは結局のところ、文字をよみかきするひとであろうとなかろうと、だれひとりして「無関係なひと」などいないのではないだろうか。そして、この問題は文字をよみかきしているひとこそが「意識的」になる必要がある。この文章をよまれたかたの意見と批判をあおぎたい。


ただしがき

(1) 朝鮮半島における識字教育については、キム・ヂョンソ編(2001)『韓国の識字教育研究』や韓国識字教育協会編(2005)『韓国の識字教育』がある(どちらも朝鮮語)。いたがき(1999)「植民地朝鮮における識字調査」も参照のこと。

(2) 植民地期であれば、「識字」とは日本語と朝鮮語のよみかきを意味していた。いたがき・りゅうた(板垣竜太)は、「解放後の約10年間に南北朝鮮両政府により展開された識字キャンペーンによるハングル識字普及のスピードは、植民地下の35年とは比べものにならないほど急速であった」としている(いたがき1999:281)。これはおそらく事実だったのだろう。しかしながら、いたがきが提示している「南朝鮮」の「解放当時には22%と推定されたハングル識字者の割合」とは植民地期の就学率による憶測であることが指摘されている(キム/ユ2001)。識字率の向上という点について、数字をあげて論じることは不可能であるといってよい。識字率という概念の問題については、あべ(2006a)を参照されたい。

(3) そして、一般的には「文盲」がみえずらい存在になるにつれて、今度は「コンピュータ文盲」という意味の「コン盲(コンメン)」という表現が出現している。あたかも、コンピュータをあつかうことは、だれでもできること、できるべきことかのような表現である。

(4) 弱視者の場合、漢字のよみかきが苦手なひともいる。とくだ・かつみ(1988)、あべ(2002、2006b)を参照のこと。

(5) ふくい・てつや(2000)、いちはし/視覚障害者読書権保障協議会(1998b)、公共図書館で働く視覚障害職員の会編(2004)、出版UD研究会編(2006)、しばざき(2006、2007)、いしかわ・じゅん(2008)、うえむら(2008)などを参照のこと。

(6)漢字の問題については、のむら・まさあき(1988、2008)、うめさお・ただお(1990)、あべ(2002、2004b、2006b)、ましこ・ひでのり(2003)、かどや・ひでのり(2003)、すみ・ともゆき(2006)なども参照のこと。

(7) たとえば、文字をよみかきすることをひとえに「社会的ないとなみ」ととらえ、「よみかき能力」という概念について批判的に研究する学問がある。日本では「識字研究」などとよばれている。スタッキーの『読み書き能力のイデオロギーをあばく』や菊池久一(きくち・きゅういち)の『〈識字〉の構造』などが議論の参考になる(スタッキー1995、きくち・きゅういち1995)。

(8) 教育学者の小沢有作(おざわ・ゆうさく)は、識字運動の課題として「字を読めても読めなくても、すべての人を人として敬愛し、社会参加を工夫しあい、豊かに生きていくことができるようにすること」を主張している(おざわ・ゆうさく1991b:41)。この提案を具体的にどのように実現できるのかをかんがえる必要がある。


参考文献

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ましこ・ひでのり 2004 「ことばの差別と漢字」まえだ・とみよし(前田富祺)/のむら・まさあき(野村雅昭)編 2004 『朝倉漢字講座 5 漢字の未来』朝倉書店、203-220



※この文章は、あべ・やすし 2004 「文字のよみかきをめぐる差別(1)―識字運動をかんがえる」『人権21―調査と研究』8月号、35-42を加筆修正したものです。


あべ・やすし (ABE Yasusi)

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