情報の かたちを その人に あわせる、人の手を かりながら

あべ やすし


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ふりがなを とる


はじめに

 わたしは 京都市内で 身体障害者の 介助を しています。訪問介護にも いろいろな種類が あります。わたしが しているのは 「障害者 自立支援法」の「重度訪問介護」です。手足が不自由な身体障害者が 利用できます。

 じっさいの介助では、家事、入浴やトイレの介助に かぎらず、たとえば 言語障害のある人の 発言を ききとり、通訳するようなことも あります。文字情報を 代読したり、代筆することも あります。京都市など、一部の自治体では 24時間 介助を 利用している人も います。必要だからです(残念なことに、自治体によって 利用できる時間数に 格差が あります)。

 しかし、病院に 入院したときには、重度訪問介護は 利用できません。身近な 家族などに 介助してもらうか、ボランティアを 依頼するか、あとは看護師に「おまかせ」するしか ありません。けれども、看護師は 言語障害のある人の ことばを ききとるのが 上手ではありません。日常生活で 24時間 介助を うけている人の場合、入院すると 生活の質が 一気に おちてしまいます。なので、入院するのが 不安だったり、「どうしても 入院したくない」という人も います。

 一部の自治体では「重度障害者 入院時コミュニケーション支援 制度」を つくっています。しかし、時間に制限が あるなど、安心して 入院できる 状況ではありません。


 さて、入院時 コミュニケーション支援 制度の財源は、障害者 自立支援法に 規定されている「地域生活 支援事業」です。地域生活 支援事業は「地域の特性や利用者の状況に応じ、柔軟な形態により事業を効果的・効率的に実施」するものと規定されています(http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/chiiki/gaiyo.html)。地域生活 支援事業の項目のひとつに「コミュニケーション支援事業」があります。

 いま、手話通訳や要約筆記などの 情報保障に かかわる支援は、この「地域生活 支援事業」によって運営されています。いまの制度では、これらの情報保障は「自治体まかせ」になっています。

 手話通訳や要約筆記、点訳や音声訳などの「コミュニケーション支援」に「地域の特性」という側面が、はたして あるのでしょうか。国が 責任を もって 保障するべき権利なのではないでしょうか。

1. 情報保障の基本

 まず確認したいことは、情報、コミュニケーションの問題は、命に かかわるということです。


 情報保障の基本は、人間の多様性を きちんと把握したうえで、「情報の かたちを その人に あわせる」ということです。人によって、コミュニケーションのスタイルが ちがいます。声、文字、手話など、その人に 適した かたちで つたえる。その人が わかるように つたえる。それが原則です。人によっては、機械(情報技術)が 役に たちます。

 もうひとつ、「人の手を かりる」ことも大切です。ボランティアに まかせるのではなくて、制度として、必要な人 みんなに 保障する必要が あります。

 制度という面では、「外国人」は「社会福祉」の対象から はずされやすいです。たとえば病院での通訳など、命に かかわる問題です。「外国人相談」などの「言語サービス」を 全国で 利用できるようにする必要が あります。

 東日本大震災のあとに はじまった「よりそいホットライン」という電話相談は、多言語に 対応しています。無料通話です(http://279338.jp/yorisoi/)。ただ、きこえない人は 利用できません。〈訂正追記:ファックスでの相談にも対応しています。〉

2. 情報保障と図書館

 情報保障のプロって、だれでしょうか。手話通訳者や介助者(ヘルパー)は情報保障のプロといえるでしょう。ほかには、どんなプロが いるでしょうか。ここで紹介したいのが、図書館の図書館員です。図書館には、障害者サービスと多文化サービスが あります。

 障害者サービスは、障害のある人に、その人に適したサービスを することです。これを「図書館利用に障害のある人びとへのサービス」と いいます。図書館を 利用するための障害(バリア)を なくして、だれでも図書館を 利用できるようにするという意味です。

 多文化サービスは、日本では まだ実践が 不十分です。いまのところは、いろんな言語の本を あつめる(蔵書の多言語化)というレベルです。

 これまで、図書館の対面朗読では、視覚障害者の 個人的な書類を 代読したり代筆したりして、文字情報サービスを 提供してきました。「外国人」も ふくめて、いろんな人が 文字情報サービスを うけられるように、範囲を ひろげる必要が あります。

 図書館の いいところは、全国 どこにでも あること、図書館どうしの ネットワーク、連携が あることです。


 『高齢者と障害者のための読み書き(代読・代筆)情報支援員入門』や『本と人をつなぐ図書館員』は、情報保障の教科書と いえると おもいます。

3. 「ちょっと まって!」

 金澤貴之さんは、手話通訳で 時差(タイムラグ)が できてしまうことを 指摘しています。通訳や解説を うけていると、時差は どうしても できてしまいます。金澤さんは、つぎのように かいています。

司会者が「ご意見ございませんか?」と聞いて、周囲を確認している時には、まだ通訳作業が進行中であったりする。経験的には、その通訳作業の終了まで待ってから次の話に移ることができる司会者は極めて稀である…後略…(かなざわ2003:7)。

 なにを するときも、時間の制約が あります。そのなかで意見を 交換するとき、だれかを おいてけぼりに してしまうことが あります。通訳や説明を うけている人が、「ちょっと まって!」と いえる。それが大事です。


 もうひとつ大事なのは、「わからない!」と いえることです。

 知的障害のある 土本秋夫(つちもと あきお)さんは 内閣府の「障がい者 制度改革 推進会議」に参加しています。会議で、ことばが わからないとき、ついていけないときは、「もうすこし ゆっくり わかりやすく」という「イエローカード」を だして いいことになっています(「障害者制度改革推進のための基本的方向(第一次意見) わかりやすい版」 http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/law/promotion/wakariyasui.html)。ワークショップにも、イエローカードのような しくみが 必要です。

4. 情報を 発信する 主体として

 情報保障というと、「弱者」に 情報を 「つたえる」ことばかりに 集中してしまいがちです。ですが、だれもが情報を 「発信する」ことが できるようにすることも、情報保障の 大事な役目です。情報やコミュニケーションは、「やりとり」するものです。「うけとる」だけではなくて、「おくる」ことも 大事です。

 『ステージ』は、知的障害者の「ための」新聞です。同時に、知的障害者による情報発信です。ですから、たくさんの人が『ステージ』を よむようになれば いいと おもいます。

 土本秋夫さんは、『ノーマライゼーション』という雑誌で、つぎのように かいています。

 いままで 自分たちは わかりやすい じょうほうを うけて いろいろなけいけん をして、 たっせいかんを える ことが すくなかった。

 いままでは じょうほうを 自分のものに することができず けいけん たっせいかんを うばわれてきた。

 おや まわりの人たちは なにも わからない と さいしょ から きめつけて なんでも かってに やってしまう。

 せつめい するのも めんどうと おもっている。

 けいけんも させない。

 せんたく することも させない。

 ちいき では すめないと きめつけている。

 かってに きめつけるのを やめてほしい(つちもと2011:32-33)。

 このような文章が、いろいろなところに のるようになれば、情報を わかりやすく つたえることの大事さを ひろく アピールできます。漢字の すくない文章、わかちがきをした 文章にも なれることが できます。この『ノーマライゼーション』という雑誌は、日本に 研修にきた 海外の障害者 4人のレポートを のせたことが あります(2000年 12月号)。レポートは、漢字と かなの文章も あれば、ひらがなと カタカナの文章も ありました。わかちがき してある文章が ほとんどです。

 漢字の すくない文章も、ひらがなだけの文章も、りっぱな日本語です。尊重されるべきです。


 だれもが 社会に うったえかける主体として みとめられる 必要が あります。どんな表現の かたちでも、社会に うったえかける ことばとして、みとめられる 必要が あります。

おわりに

 情報保障は、社会参加するための土台です。情報が きちんと保障されないと、社会から隔離・排除されてしまいます。いろいろな意見を きくことが 民主主義の基本です。だから、いろんな人が情報を 発信できるようにして、その意見が たくさんの人に つたわるようにするべきです。

 いろんな人が「メディアを もつこと」(情報を 発信すること)が 大事です。また、「障がい者 制度改革 推進会議」や川崎市の「外国人市民 代表者 会議」のような 発言の場を つくることも 大事です。日本語以外の言語で 生活している人たちからの発信を、日本語に 翻訳していくことも 大事です。

参考文献

あべ やすし 2010 「識字のユニバーサルデザイン」かどや ひでのり/あべ やすし編『識字の社会言語学』生活書院、284-342

あべ やすし 2011a 「言語という障害―知的障害者を排除するもの」『社会言語学』別冊1号、61-78

あべ やすし 2011b 「日本語表記の再検討─情報アクセス権/ユニバーサルデザインの視点から」『社会言語学』別冊1号、97-116

あべ やすし 2011c 「情報保障の論点整理―「いのちをまもる」という視点から」『社会言語学』11号、1-26

あべ やすし 2011d 「情報保障に必要なこと」 http://www.geocities.jp/hituzinosanpo/zyoohoo.html

あべ やすし 2011 / 2012 「「多文化」の内実をといなおす」(1 / 2)『むすびめ2000』(在日外国人と図書館をむすぶ会(むすびめの会)会報)77号、5-13 / 78号、45-50

あべ やすし 2012 「漢字という障害」ましこ・ひでのり編『ことば/権力/差別[新装版]─言語権からみた情報弱者の解放』三元社、131-163

金澤貴之 2003 「聾者がおかれるコミュニケーション上の抑圧」『社会言語学』3号、1-13

すぎむら なおみ/「しーとん」編 2010 『発達障害チェックシート できました―がっこうの まいにちを ゆらす・ずらす・つくる』生活書院

土本秋夫(つちもと・あきお) 2011 「バリア(かべ)とおもうこと」『月刊ノーマライゼーション』12月号、31-33

読書権保障協議会編 2012 『高齢者と障害者のための読み書き(代読・代筆)情報支援員入門』小学館

南雲明彦 2012 『LDは僕のID―字が読めないことで見えてくる風景』中央法規

山内薫 2008 『本と人をつなぐ図書館員―障害のある人、赤ちゃんから高齢者まで』読書工房

山内薫 2011 「公立図書館と情報保障」『社会言語学』別冊1号、21-44


 この文章は、ワークショップ「だれもが参加できる公正な社会をめざして―情報保障とコミュニケーション」(社会言語科学会 第30回 研究大会 2012年 9月1日。東北大学)で発表したものです。


あべ・やすし (ABE Yasusi)

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